マチコアイシテル 2話
店の中に入ると、
ワイシャツの上に、同系色の
白い V ネックのベストを着た中田先生と、
緑と黄色の太い横じまの T シャツに
半ズボンの良太君がカウンターにいた。
良太君はまた柴犬のような子犬を連れている。
「こんにちは」と私が二人に挨拶をすると、
先生は「ヨオッ!」と片手を挙げ、
良太君は恥ずかしそうにニッと笑う。
「可愛い子犬だねえ、何て名前なの」と私。
「こいつ、ワンコって言うんだ」
良太君が人差し指で鼻の下を擦りながら
照れくさそうに答えた。
「犬だからワンコか・・・何だ、そのままじゃないか」
中田先生が突っ込みを入れる。
私が笑うと先生も良太君も笑い出す。
店の中が一気に明るくなったようだ。
しかし、何か足りない・・・
私はママがいない事に今頃気がついた。
「先生、ママは何処に行ったの?」と聞くと、
先生は首を傾げて
「さあ・・・私らが来た時から留守なんだよ。
買い物にでも行ったんじゃないかな」と言う。
買い物・・・? それは変だ。
ママが一人で買い物になんて行く訳がない。
私が考え込んでいる間に、
中田先生と良太君の話がどんどん進んでいる。
「ところで良太、ワンコとは何処で知り合った?」
中田先生がワンコを両手で持ち上げながら聞いた。
ワンコは嬉しいのか、
長い舌を出してハッハッと息をはずませている。
「それはおいらがこっちの世界に来て間もない頃の事だった」
良太君は、ちょっと偉そうな顔をして話し出す。
「おいらは浜辺で目が覚めた」
浜辺?私とゴンの出会いも浜辺だった。
「誰かがおいらの顔をペロペロ舐めている。
おいらがいくら払いのけても舐めまくって離れねえんだ。
そこでおいらはヤメロ!って一喝してやった。
それでそいつが犬だってわかったんだ。
それがワンコとの出会いだ」
「良太君もあそこでワンコに出会ったのか」
と私がビックリしたように言うと、
良太君は怪訝な顔をして
「兄ちゃんも誰かと浜辺で会ったの?」
と聞いてきた。
「ああ、私はあっちの世界で死に別れた猫と再会したんだ」
へえ、そうなんだ・・・と良太君も不思議そうな顔をしている。
中田先生が話しの中に入って来た。
「ひょっとしたら、海岸が
あっちの世界とこっちの世界の境界線なのかも知れないな・・・
ほら、彼岸って言うじゃないか」
彼岸・・・ああ、そう言えばそういう言葉を聞いた事がある。
「ひがん ? 何それ」と良太君が中田先生に聞く。
先生はテーブルの上で両肘をつき、
合わせた両手を鼻に当てて目をパチパチとさせている。
どう言おうかと考えているようだったが、
やがて小首を傾げ、人差し指を一本立てて
ゆっくりと説明し始めた。
「良太もワンコも、その猫もみんなもう死んでるんだけど、
誰かに会いたいっていう気持ちがお互いを引き会わせたんだ。
猫は君に可愛がられていたんだから、当然君の側に来る。
良太の場合は・・・つまり、両方が寂しかったんだな。
良太は生きている時、喘息持ちだったから
犬など飼えなかったよな、
だけどいつも心の中で
犬を飼ってみたいと思っていたんじゃないか?」
中田先生に聞かれて良太君は頷く。
「な、そうだろう・・・・
ワンコは多分飼い主だった人間を恋しがっていたんだろうよ。
その二つの心が、お互いを引き会わせたって訳だ」
そうだったんだ・・・と私も良太君も納得した。
でも、その時私はアレッ?と思う。
その話は何処かで聞いた事がある。
思い出した・・・私は中田先生を軽く睨んだ。
「ちょっと、先生!
そりゃママがこの前言ってた言葉じゃないさ」
ばれたか・・・と言って中田先生は笑い頭を掻いた。
あの時中田先生はママに、
会いたいと思えば必ず会えるものなのよと諭された。
そのお陰で良太君と再会出来たのだ。
「なあんだ・・・あのおばさんから聞いたのか」
良太君が笑うと中田先生も笑い出した。
「まあ、つまり彼岸とは
こっちの世界への入り口と考えればいいのさ」
と中田先生が言い終わると同時に、
カラ~ンコロンと軽やかな音をたててドアが開いた。
「ただいま、ちょっと買い物してて遅くなっちゃった」
ママが帰って来た。お帰りなさいと言おうとした時、
ママの後ろから黒っぽい背広を着た若い男が
いきなり滑り込むように店の中に入って来た。
男はカウンターに腰掛けたが、何やら落ち着かない様子だ。
ママが良太君に気がつき、中田先生に目で合図すると、
先生は良太君の手を引き、ママと何やら言葉を交わし
ドアを開けて出て行った。
ママはドアのところに立ったままじっと男を見つめている。
つづく