マチコアイシテル 1話
―彼岸の浜辺―
昭日町(あけびまち)の自宅にいた。
机の上には何も書いていない原稿用紙が乗っている。
明日提出しないといけないのだが、
何を書けばいいのか分からなくて
さっきから溜息ばかりついている。
私はもう考えるのをやめた。
いくら考えても書けない時は書けないのだ。
「なあ、ゴンそうだろ」
膝の上でゴンが気持ち良さそうに寝ている。
首の回りを掻いてやると、喉をゴロゴロ鳴らし始めた。
灰色で短めの毛、精悍な顔は、お世辞にも可愛いとは言えない。
そう言えばゴンは、子供の頃からこんな顔だった。
ゴンを見た人は皆同じ事を言う。
「大きい猫だねえ」「恐い!」「日本の猫じゃないね」
要するにゴンは可愛くないのだ。
でも、それは誤解だ。
私にとってゴンほど賢くて可愛い猫は他に無い。
しばらくゴンを撫でてぼんやりしていたが、
急に外に出かけたくなった。
私はゴンを籠の中に寝かせ、
お気に入りのブルーのコートを羽織り外に出た。
今日もいい天気だ。
空は青く澄み切って、小鳥達が群れをなして飛んで行く。
海岸に出ようか、町に出ようかと迷った挙句、
私の足はやっぱりママの店に向いていた。
つづく